連載小説=自分史「たんぽぽ」=黒木 慧=第145話

 美佐子は元来おしゃべりなので、ブラジル人とのバテパッポも多く、会話は私より上手である。私達のつき合いが殆んど日系社会だったのでブラジル語を覚えられなかったけど、今後も日系社会の中で暮すので余り不自由は感じないと思う。でも孫達とのコムニケーションに不自由を感じている。
 (八) 食べ物について……私は幼児期、成長期と食べ物不足で、食べることには他人以上に執着心が強い。高級志向ではなく、充分に食べられる事で事足りて来た。近年になってブラジル社会の食事情も改善され、サンパウロでは金さえあれば世界中のあらゆる料理を賞味出来る時代になった。それも高級料理店の一食何百レアイスのものから、下層庶民の一食五レアイスのものまであり、それでも満腹になるのだ。私達の外食は並みの二十レアイス(十ドル)位が普通で、でもブッフェ奄美の仕出し料理は五十~七十レアイスである。私達老夫婦は家では日本食が主体で、茶碗と箸で食べる。私達の子供達の世代になると肉主体のブラジル食を好む傾向にある。私達老夫婦は菜食主体で肉と魚は少ない。唯、栄養不足にならないように、病気にならないように、健康管理は常に心がけている。それと私の悪い癖は大食である。ひと昔前の若い働き盛りの頃からみればずい分少なくなったけど、それでも腹一杯にならないと落ちつかない。腹八分は難しい。この年で食べられるからいい事だと言う人もいるけど、もう少し量を減らさないと消化器官への負担が重過ぎると思う。私達は二人して外出も多く、したがって外食も多い。栄養管理は中々大変だけど、なんとかその「かねあい」に気をつけながら暮している。
 (九) 健康管理について……若い頃からいつも健康には気を配って来たつもりだけど、今八十歳近くになっても益々健康管理には気をつかっている。車と同じように、新しいうちは余り故障もないけど、使い方にも依るが年数が経つにつれて部品の老化が進み、傷んだら部品を取り替え取り替えして、最後には廃車となる。私の体も若い頃から盲腸を切ってのけたり、蓄膿の手術をしたり、五十歳位になると眼が悪くなりだし、今まで何度も眼鏡を取り替えて来た。現在は左右の焦点が合わないのをめがねのレンズで調整して、夜でもなんとか運転出来る。それよりも映像がかなりボヤケて来たので、近く白内障の手術をせねばと思っている。

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