
北東部バイア州サルバドールの企業に勤める女性が、育児休暇の申請を拒否された上、職場で嘲笑や屈辱的な言動を受けたとして、1万レアルの損害賠償を求めて提訴する事態が発生した。だが、この女性が育児対象としたのは実子ではなく「リボーンベビー(リボーンドールベビー)」と呼ばれる精巧な人形だったことから、注目を集めていると2日付G1など(1)(2)が報じた。
5月27日に起こした訴訟によれば、女性はリボーンベビーを「娘」として深い愛情を注ぎ、実子同然に世話をしていると主張。一方、企業側はこれを「実在する子供ではない」として認めず、さらに上司の一人が「必要なのは福利厚生ではなく精神科医だ」と発言したことも、名誉や精神への著しい侵害とされた。原告側は精神的苦痛に加え、母性を否定され、基本的権利を侵害されたとして損害賠償を請求。しかし、SNS上で訴訟内容が拡散され、批判が殺到したことを受け、女性と弁護士は提訴から2日後に訴えを取り下げた。裁判所の公開文書によれば、審理は行われず、女性には訴訟費用の免除が認められた。
今回の一件は社会における「母性」や「育児」の概念、そしてリボーンベビーという存在そのものに対する関心を喚起する契機となった。リボーンベビーとは、外見・質感・重さのいずれにおいても本物の新生児と見まがうほどに精巧に作られた人形。もともとは1990年代初頭、幼な子を亡くした親たちの心を癒す目的で誕生し、その後は心理的ケアの一環として「ドールセラピー(人形療法)」にも用いられるようになった。高齢者施設や認知症ケア、流産・死産の悲しみに寄り添うグリーフケアとしても活用されている。
近年では、こうした人形を実際の赤ん坊のように世話し、「母親」として振る舞う人々が一定数存在し、その姿をSNS上で発信する動きが広がっている。この現象は一部で共感や理解を呼ぶ一方、戸惑いや違和感の声も多く、社会の中で賛否が入り混じっている。
4月にはサンパウロ市内のイビラプエラ公園で「リボーンベビー・ママ友の集い」と題した交流イベントが開催され、SNSで話題となった。インフルエンサーのスウィート・キャロル氏が2022年に投稿した「リボーンベビー出産を模した動画」が注目を集め、現実と虚構の境界について論争を呼んでいる。
この現象は政治の場にも波及し、5月7日にはリオ市議会が、リボーンベビーの製作者を称える「リボーンのコウノトリの日」制定を可決した。一方、連邦下院では同月15日、リボーンベビーを抱えて列に並ぶことで、妊婦や高齢者、障害者らを対象とした公共サービスの優先枠を不正に利用する行為を禁じる法案が提出された。同法案では違反者に対し3万レアルを超える罰金が科される可能性があるとされ、公共秩序と個人の自由のバランスをめぐって議論が交わされている。
南部パラナ州クリチバ市が「リボーンベビーの〝母親〟に優先席の権利はない」とする注意喚起を発表。公共機関でも対応の動きが広がっている。
リボーンベビーをめぐる今回の訴訟は、母性や家族観の多様化と、それに社会がいかに向き合うかという根本的な問いを投げかけている。