
米中の貿易戦争の余波が、静かにブラジル経済をのみ込もうとしている――中国に対する米国の高関税が続くなか、行き場を失った膨大な中国製品が、新たなはけ口を求めて世界市場を漂い、その矛先がブラジルに向かいつつある。ブラジル税法専門弁護士マリア・カロリーナ・ゴンチージョ氏が、エスタード紙の動画番組「この怒りをみんなで共有しよう(Não vou passar raiva sozinha)」で、こうした構造的リスクに警鐘を鳴らした。(1)
米中間での追加関税の報復合戦が繰り広げられる中、ブラジルの農業分野は中国からの需要増により恩恵を受ける可能性があるとしつつも、ゴンチージョ氏は「米国市場を失った中国製品の行き先として、ブラジルが〝次の標的〟となりかねない」と警告する。過去にもバイデン政権が中国製太陽光パネルに規制を課した際、それらがブラジル市場に流入した例を引き合いに出し、同様の事態が再発する可能性に言及した。
ごく短期的には、中国製品の大量流入によってブラジルは恩恵を得る可能性があるとし、「多くの製品が流入すれば、ドル建て価格は下がり、それに伴って一部の輸入原材料が安くなり、製造コストが下がる。結果として我々のインフレ抑制に貢献する可能性がある」と指摘。
だがゴンチージョ氏は、それを「高くつく一時的な安堵」だと切り捨てる。「中国は善意で安売りをしているわけではない。国家主導で特定産業に巨額の補助金を投入し、意図的に価格を下げて競合相手を潰しにかかっているのだ」と述べ、ダンピング(不当廉売)による国内産業への深刻な打撃を懸念した。
ジェトゥリオ・ヴァルガス財団(FGV)の国際関係学部創設者マチアス・スペクトル教授も同様に、米国の関税措置によって中国製品の〝津波〟が他国市場に押し寄せれば、ブラジルの一部産業は〝地図上から消える〟ほどの壊滅的な打撃を被る可能性があると指摘し、貿易防衛手段の早急な整備を訴えている。
ゴンチージョ氏は「米中という二大経済大国の対立のなかで、ブラジルは再び武器も防御も計画も何も持たずに、巻き込まれる恐れがある」と危機感をあらわにする。同氏は、中国の国家主導による産業強化政策に触れ、過去4年間で国有銀行を通じて2兆ドル近い信用供与を行い、その資金で昼夜を問わず新工場を建設し、旧式設備をロボットや自動化技術で刷新したと指摘する。
現在、中国は世界全体よりも多くの産業用ロボットを導入しており、その多くを自国で製造している。この圧倒的な生産力の「軍備」を背景に、自動車やプラスチック、バッテリー、電子機器といった製品が世界中へ流出している。
ゴンチージョ氏は「ブラジルにとって真の脅威は米国の関税ではなく、むしろ、その副作用として押し寄せる中国製品の〝津波〟にある」と断じ、産業政策の不在が状況をさらに悪化させていると批判した。「今のブラジルはまさに監督不在、戦術皆無のセレソン(サッカーブラジル代表)そのものだ」という表現で現状を皮肉った。