小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=124

「パパイ、何を怖い顔してんの。朝っぱらから」
 私の顔色をうかがう目つきだ。(ソラきた!)
「明日はパパイの誕生日でしょ? だけどカズ、小遣い足りないからプレゼント買えない」
「そんな心配しなくてもいいよ」
 私はわざと突き放す。これで一つ撃退したことになるのだが、それは口実で、父親へのプレゼントなんて考えていないのだ。二つ三つ要求すると、そのうちの一つは適えてもらえる父親の弱い心理を狙っているのである。
「月末に、ロベルトの大学でバイレ(舞踏会)があるの。着て行く物が欲しいの」
「この前、誰かの誕生日に呼ばれた時に買ったのがあるだろう」
「あれ、ジャー・カイウ・ダ・モーダ(流行遅れよ)。それに黒っぽくてバイレ向きじゃないわ」
「そんなに次々と買えないよ」
 私は駄目押した。が、敵もしたたかものだ。
「この前の日曜日、パパイが歌会に行ったとき、ジャンタ(夕食)が出るから一緒に行かないかって言ったわね。帰りにシネマを観てきたそうだから、十五、六ミル・クルゼイロスは遣ったことになるわ。カズは行かなかったし、日曜日の半日店番したから、その分合わせて三〇ミル・クルゼイロス頂戴。そしたら自分の小遣いと合わせて何とか買えるかも」
 私は終に陥落。要求額を娘に手渡した。
「まあ、きちきち」
「余計渡しても、近頃は釣銭もよこさないからな。子供の頃は几帳面だったが……黙っているとロベルトの靴下まで買ってやるんだろ」
「これだけでいいわ」
 あまり悪乗りすると薮蛇と思ったか、和子は金を受け取るなり、さっさと二階へ消えて行った。店へ出ると、私たちの遣りとりを聞いていたのか、見習い小僧が何かを言いたげにしていたが、私の仏頂面を見て引っ込んだ。
「子供はあまり甘やかしてはいけないんだ」
 小僧に聞かせるともなく言って、私は写真ネガの修正台の前に座った。昨日、撮って仕上げねばならない小型写真が二〇枚ほどある。小僧はまだ新米でネガ修正を知らない。撮影・現像・仕上げ作業とも私がやる。その他に店のドゥプリカッタ(商手形)、光熱費、水道代の支払い、日用品の買い出しなど、外部の用件も考慮する。また、毎日とは言わずとも冠婚葬祭のお付き合いもある。油断をすると、直ぐに身動きができなくなる。

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