《記者コラム》「正義はどこに」の声高まる=流れ弾で死亡した女性の裁判後

抗議行動で掲げられたプラカードと共に、遺族が判決結果を嘆いていると報じる19日付アジェンシア・ブラジルの記事の一部

 2014年にリオ市北部で起きた、流れ弾を受けた黒人女性の体を警官がパトカーで約300メートル引きずった後、病院に運ぶと言って現場を離れたが、その途上で遺体を放棄したという事件から、16日で丸10年が過ぎた。
 遺族や身近だった人達にとり、故人の記憶や亡くなった時の衝撃、過ぎ去った日々は風化することがない。特に、被害女性クラウジア・シルヴァ・フェレイラ氏のように、不遇の死を遂げた場合、遺族の胸中には故人への思いや正義を求める思いが強く残る。
 この事件は、警官がクラウジア氏の体をパトカーで引きずる様子が録画、拡散されたことで、広く知られるところとなり、彼女を撃った可能性のある警官2人も一時逮捕された。
 だが、裁判では、彼女を死に至らしめたのが犯罪者達と銃撃戦となった警官達の弾だったのか、アスファルト上を引きずられたケガ故なのかも含め、警官の仕業だとする証拠が不十分だとして、免罪となった。銃撃戦を展開した犯罪者達は陪審裁判にかけられたのにだ。
 また、被弾して倒れた彼女の体をパトカーで引きずって移動させた上、病院にも運ばず、放棄した警官4人も、不適切な扱いをしたとされただけで、証拠隠滅を図った可能性や遺体遺棄の責任は問われなかった。
 この裁判は遺族も含めた多くの人達にとって驚きであり、衝撃だった。そのことは、判決内容を不満とする人達が、人種差別への抗議も込めたデモを起こしたことなどからもうかがえる。
 だが、一方では、警官達が正当防衛であり、市民を巻き込むつもりはなかったなどの釈明を行っていたことや事件から10年も経ってからの裁判だったことなどから、この結果になると予想していた人達もいた。
 パンを買いに出たら銃撃戦に巻き込まれたというのは犯罪多発地域ならいつでも起こり得るし、亡くなったのが貧しい家庭の主婦であったことも珍しいことではない。だが、罪もない黒人女性が非人道的な扱いを受けたことや、誰も責任を問われなかったことは市民の憤りをいや増した。3月は国際女性月間だが、もし、裕福な白人男性が同様の扱いを受けていたら同じ判決が出ていたかと思った人も多いはずだ。

判決後に行われた抗議デモ(©Midia NINJA)

 新型コロナのパンデミック時、都市周辺部の貧しい地域では感染者や死者が多かったし、デング熱の感染者多発地区も周辺部が多い。肌の色や性差、貧富の差などが職種や労働環境、給与などに大きな差を生じさせているのは周知の事実だが、人の命や尊厳に関わることでも肌の色や性差などの影響を感じるのは悲しく、遺族達の心中を思うと胸が痛む。
 愛する人や自分を愛してくれた人が虫けらかのように扱われたという事実が遺族や知人達に残した心の傷は有罪判決でも消えない。告訴しても判決が覆る可能性はあまりないが、正義が行使されることを願い、抗議の声を上げる人達がいたことは、人としての心を失わず、他者の痛みを自分の痛みとできる人達がまだいることの証だと思いたい。(み)

(1)https://agenciabrasil.ebc.com.br/geral/noticia/2024-03/parentes-lamentam-absolvicao-de-pms-no-caso-da-mulher-morta-em-2014 19日

(2)https://g1.globo.com/rj/rio-de-janeiro/noticia/2024/03/18/justica-inocenta-pms-acusados-de-matar-e-arrastar-claudia-ferreira-em-viatura-ha-dez-anos-no-rio.ghtml

(3)https://agenciabrasil.ebc.com.br/geral/noticia/2024-03/absolvicao-de-pms-que-mataram-mulher-em-2014-gera-protesto-no-rio 18日

(4)https://g1.globo.com/rio-de-janeiro/noticia/2014/03/trataram-como-bicho-diz-marido-de-mulher-arrastada-em-carro-da-pm.html

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