ペレ「黄金の霊廟」が観光地に=ドイツ人客が大挙して訪問

ペレの「黄金の霊廟」(Raimundo Rosa / Prefeitura Municipal de Santos)
ペレの「黄金の霊廟」(Raimundo Rosa / Prefeitura Municipal de Santos)
ペレの墓があるメモリアル・ネクロポレ・エキュメニカ墓地の入り口(Geogast, via Wikimedia Commons)
ペレの墓があるメモリアル・ネクロポレ・エキュメニカ墓地の入り口(Geogast, via Wikimedia Commons)

 2022年12月29日に「サッカーの王様」ペレが逝去して1年余りが経過した。サンパウロ州サントス市のメモリアル・ネクロポレ・エキュメニカ墓地(Memorial Necrópole Ecumênica)に眠る彼の霊廟を訪れた7千人以上のうち、多くが外国人で、特にドイツ人が目立っている。史上最も偉大なスポーツ選手が眠る「黄金の霊廟」を見ようと、一般公開された23年5月以降、観光名所になっていると2023年12月29日付エスタード紙(1)が報じている。
 ペレの霊廟は建物の1階に位置する200平米の部屋に鎮座し、棺は金色のアルミ板で覆われ、四隅には「ジュール・リメ杯」と呼ばれる初代W杯トロフィー、彼の代名詞とされる背番号10のシャツ、王冠の彫刻が施されている。
 入り口には、真鍮で作られたペレの等身大の金色の像や、輝かしいゴールの瞬間などを写した写真パネルなどが展示され、観光客たちを引き寄せている。
 管理責任者のアルシル・ドス・サントス氏は、エジプト、ウクライナ、ロシアなど世界各地から参拝者が訪れているとし、「中でもドイツ人が一番多い。ドイツ人はブラジルのサッカーに熱狂的だ」と語った。
 墓地の外には、ペレが1974年にメルセデス・ベンツ社から贈られた千試合目のゴールを達成した際の贈り物である「S―280」も展示され、その維持費だけで月に約5千ドルにも上るとされている。
 同墓地は14階建てのビルで、ギネスブックによって「地球上で最も高い墓地」として認定された。ペレが埋葬場所に同所を選んだのは、所有者である亜人実業家ペペ・アルトスタット氏(2021年没)と生前に親交があり、また「精神的な安らぎと静寂」が感じられ、墓地らしくないと感じたからだという。ペレは通夜や葬式が好きではなかった。
 ペレの死後1年が経過し、彼の名前がスタジアムや競技大会、路地や通りの名前に冠されるなど、ブラジル内外で様々な形で敬意が表されている。ペレの名前がポルトガル語辞書「Michaelis」に公式に収録され、「非凡な存在で、その資質や価値、優越性によって他の何物とも比肩できない」という形容詞として説明された。
 政治の面では、彼の千ゴールを達成した11月19日を「ペレの日」を制定する法案が下院で可決された。教育分野でも、サンパウロ州サンビセンテ市にペレの名前を冠した総合教育施設(AMEI)が設立された。
 ペレの息子たちの一部は、社会的な目的のために、「JanBank」と呼ばれる銀行を設立した。息子らの頭文字を組み合わせて名称にした。この銀行はペレの遺産を継承し、利子の10%以上を社会基金や慈善団体に割り当てると約束した。「我々はこの銀行を民衆のために作った。目的は、父親の遺志を受け継ぐこと。きっと彼は、喜んで手を叩いていることだろう」と末息子のジョシュア氏は語った。
 サントス市役所サイトによれば入場料は85レアル(時期により変動)、予約はサイト(https://mymento.com.br/parceiros-do-turismo/o-rei-do-futebol-em-santos-5-horas-2908)から。

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