「遺体を盾にして身を守った」=ハマス襲撃を受けたブラジル人の壮絶な体験

行方不明のラナニ・グラゼールさん(8日付テラサイトの記事の一部)
行方不明のラナニ・グラゼールさん(8日付テラサイトの記事の一部)

 過激派グループ「ハマス」メンバーによる襲撃の標的となった音楽イベント「ウニヴェルソ・パラレロ」には約3千人が参加していたとみられ、ブラジル人も複数名いた。現場に居合わせた人々の壮絶な体験談を、8日付G1サイトなど(1)(2)(3)(4)が報じている。
 サンパウロ州出身のラファエル・ビルマンさん(30)は、同イベントがパレスチナ国境から車で10分ほどの場所で行われていたと説明。イベント開始1時間前に場所が告知され、深夜1頃から開始、午前6時ごろに突然、攻撃が始まった。
 急いで車に飛び乗って友人とテルアビブに向けて逃げた。しかし途中で道を誤り、武装テロリストたちから攻撃を受けた。「私たちに向けて発砲し始め、応戦したイスラエル軍兵士と共に避難所を求めて、徒歩で逃げなければならなかった。通りには何百という遺体があり、血まみれの人々がいて、爆撃を受けたばかりの車もあった」と証言する。
 3メートルも離れていないところでバズーカ砲が炸裂し、死を覚悟した。乗っていた車は200発以上の銃弾を浴び、「母親に『愛してるよ』って音声メッセージを送って、金庫のパスワードを教えたんだ」とも。
 数時間歩いて小さな町に辿り着き、そこでユダヤ人農家から提供された地下壕に避難したという。そこで6時間を過ごし、生き延びた幸運について深く考えたという。「爆破された車や血まみれの人々のことが目に焼き付き、『テロリスト、テロリスト』と叫ぶ声が頭から離れなかった」。
 イベント会場の襲撃開始から12時間以上経って、ようやく自宅に戻ることができた。現在でも外出する勇気が持てないでいる。「配達員に応じるのも怖い。テロリストがアパート数軒に潜伏しているという話を聞く。みんな怯えている。だから普通の生活が戻るには長い時間かかるだろう」と彼は説明する。
 サンパウロ州にいる彼の親族が、ブラジル政府が提供した6便の航空機で帰国するようを提案したが、彼はすでにイスラエルで生活基盤を築いており帰国は考えていない。
 一方、同イベントにいたラファエラ・トレイストマンさんとラナニ・グラゼールさんのブラジル人カップルは、ミサイルが上空を飛んでいることに気づき、すぐに避難場所を探し始めた。地下壕は人が殺到していて、身動きをとることができなかったという。
 最悪なことに、逃げ込んだ地下壕に多数のガス弾が投げ込まれ、状況はカオス化した。彼女は「壕の中には何人もの負傷者と死者がいた。私たちは外に出られず、警察を呼ぼうと必死だった。遺体を盾にして自分たちの身を守ったの」との極限状況を説明した。
 混乱した状況下で彼女はボーイフレンドを見失った。「よく覚えていないわ。彼が私と一緒にいて、隅っこで抱き合っていたのに、次の瞬間にはいなくなっていた。あまりに錯乱して隣にいた女の子に『ラナニ、あなたなの?』と何度も聞いたけど、答えは返ってこなかった」。
 ブラジル外務省の発表によると、ラナニさんを含む3人のブラジル人が行方不明、1人が負傷した。

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