《記者コラム》あいのこ会結成のご報告=デカセギ帰伯子弟が集う

クリスマスパーティーを兼ねた忘年会でプレゼント交換を行った後の記念写真

 2022年12月、デカセギ帰伯子弟の集まり「あいのこ会」が発足した。
 事の起こりは同年7月30日、サンパウロ市東洋人街リベルダーデ区のメイドカフェ「Doki Doki Maid Cafe」で閉店後の店を借りて行われた、デカセギ帰伯子弟ら5人による交流会だった。その後、10月から月一で集まるようになり、参加人数は次第に増加。12月には15人で忘年会を開き、その日を機に「あいのこ会」を発足した。
 デカセギ子弟で日系3世のコラム子は、「あいのこ会」の主宰を務めている。
 「あいのこ」とは、「間の子」とも「合の子」とも書かれ、混血や異なる特徴を持つ親から生まれた子を指す。
 「あいのこ」は混血児として一般的に認識される一方、「二つの特性を備え、どちらにも属さない中間的な存在」との意味もある。
 日本ではブラジル人と言われ、ブラジルでは日本人扱いされた。故に、自分は何者なのかとアイデンティティーの危機に直面してきた。我々「あいのこ」たちの多くは、精神的に日伯両文化を持つ「二つの文化の間に立つ者」、バイカルチャーだと自らを定義してきた。まだ模索を続けている人もいる。

国籍を超えて考えるアイデンティティー

 自分が何者なのかとの問いに対し、正直言って「両方であると同時にどちらでもない」と感じる。当会は国籍などの背景的な要素に焦点を当てず、個々の人間性を尊重することを重視している。
 あいのこたちの多くは10代まで日本で過ごして人格形成が行われ、10代後半からブラジルで過ごし、新しい価値観を培ってきた。日本社会で育った彼らの多くは、親がブラジル人であることから、自分はブラジルにルーツがあるとうっすらと感じるが、10代まで日本で育ち人格形成が行われたため、周りの人同様に日本人という意識を育んできた。
 だが、名前にブラジルの名前があることや顔が日本人らしくないことを理由に差別・いじめが行われた。自分は皆と変わらず同じ日本で育ち、同じ言語を使うのに差別される理不尽さに違和感があった。

リーマンショックで「未知の祖国」に迷い込む

 2008年に起きた世界的金融危機「リーマンショック」などで、多くのデカセギ世帯が帰国を決断し、日本で生まれ育った子弟も家族と共にブラジルへ行くことを余儀なくされた。
 ルーツを持ちながらもブラジルへ帰国することに抵抗感を持っていたあいのこはかなり多い。少なくとも、ブラジルは知らない国であり「帰る」という感じではない。多くのあいのこはポルトガル語で会話することができずに「未知の祖国」に迷いこんだ。
 あいのこらは、ブラジルの新しい環境に適応していきながらも「周りの人の話や口癖などを真似、ブラジル人に合わせた顔を作っていた」や「現地の人に合わせることで本心とのギャップが生まれて辛かった」と振り返る。
 ブラジルは親日国であり、日本文化好きが多い。しかし、「日本好きのブラジル人」の価値観と、「日本で育ったブラジル人」の価値観は同じではない。「日本好きの人と話しても価値観の違いを痛感するばかりで、共感する話題などなかった」という声が実は多い。
 言語の問題ではない。価値観やセンスの問題だ。生まれ育った際に習得した文化は、新しい場所で言葉を覚えてもなくならない。むしろ、違和感として深く沈殿する。
 そうして一生懸命ブラジル社会に適応してきたものの、ありのままではいられないことから「心から友と呼べる人はいなかった」との意見に会の中では共感が集まる。
 そこへこの会が発足したことで、ありのままでいながら共感できる仲間とつながりができ、「ようやく自分の居場所ができた。会えてよかった」という感覚や、「会ってからやっと日常が楽しくなった」との声が上がるようになった。
 会合を重ねる内、「来伯当初のきつい経験があったからこそ今の自分がある。苦難な過去が大きな成長に繋がった」と苦悩を前向きに語るようになる者が増えた。「こういう心の拠り所になる場所があると知っていれば、もっと安心してブラジルに挑めてたかも」と振り返る。

親を反面教師に自らの未来を考える

 あいのこには親に関するコンプレックスを持つ者が多い。彼らの親の多くはデカセギとして訪日したため、工場などで重労働作業を行った。コンプレックスの原因は、周りの日本人の友人と親の職業などについて話すときに感じる恥じらいが大きい。工場労働者に対する日本人からの偏見があることを感じ取り、どこか羞恥心を感じていた。
 さらにブラジルへ来た後も、日本にいたブランクがあるために両親は就職に困ったという現実もある。ブラジルでも両親は子供が誇れるような仕事に就くことができず、なんとか就いた仕事も子供の目には魅力的なものとは映らないものが多かった。
 そんな親の後ろ姿を目の当たりにした多くの子弟は、自分の居場所がないだけでなく、親の生き様を反面教師に捉えて「自分は同じ道を辿りたくない」との気持ちを持つものが多い。
 その経験から、自らのキャリア形成を真剣に悩み、「何をしたいか、何になりたいか」を積極的に考えている。「会に参加することによって、普通に過ごしてたら繋がれない人たちと知り合える」「単純に集まるのが楽しいけど、自分の目標に向かって成長できるのも嬉しい」との声が上がった。
 会合を通じて、「自分たち一人ひとりが独自に切り開いてきた道を一つにまとめて大きなものにしたい」との意見も出るようになった。

シュラスコパーティーでの記念写真

あいのこたちが必要とする適切な居場所作り

 デカセギ家庭では、親が過酷な長時間労働に従事して家庭にいる時間が少なく、日本という異国の地での重労働から生じるストレスを家庭内でぶつけ、両親の不仲が生じることが多い。あいのこたちの多くはそうした環境の中で過剰に期待されたり、甘やかされたりして育つ。
 親と子で得意な言語が異なるという現象が発生するデカセギ家庭では、親子間のコミュニケーションですれ違いもよく起きる。
 子共を育てるという機能が十分でない家庭を「機能不全家族」と呼ぶ。このような安心感のない家庭で育った子共は、母親の愚痴の聞き役をしたり、幼い弟妹たちの世話をみるなどの、歳に見合わない役割を果たさざるを得なくなり、やがては自分の感情を素直に表現できなくなっていくこともあるという。
 家庭内でありのままの姿でいられなかったあいのこらは、家庭外でもひたすら「良い子」を演じる傾向があり、皮肉にもそれが原因で自分の居場所を見つけられない。
 あいのこ会の会合を通じて「ありのままでいられる居場所」を提供し、これまで被せられた「良い子」の呪縛から解き放すことを目的としている。

日本人の友人らも誘ってカラオケで歌いながらはしゃいでいる様子

あいのこ会の展望

 あいのこ会は、互いに甘やかして過去の傷を舐め合う集まりではなく、一人ひとりが自分の人生や生き方について考え、建設的に理想とする将来に向かって歩むために協力するネットワークを構築したい。そのために今後も、全伯にいる仲間にできるだけ声をかけていく。
 帰伯してから一人で悩んできた仲間が、他にもたくさんいることを知ってもらいたい。心を打ち明けてありのままでいられる仲間がいることを知ってもらいたい。自分たちは誰にでもなれて、何でもできるんだと希望を持ってもらいたい。
 そんな仲間がいる限り呼びかけを行い、居場所を作り続けるつもりだ。「あいのこ」は「愛の子」でもある。日本で生まれ育った経験を肯定的に捉え、それを活かして活動する仲間として、お互いを愛(め)で大切にしあう。そんな会でもありたい。(仲村渠アンドレ記者、連絡先nakandakari@brasilnippou.com

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