連載小説=自分史「たんぽぽ」=黒木 慧=第112話

・十二月四日 宮崎県派遣農業研修生の稲泉作知さん来伯。
・十二月七日 坐骨神経痛を山下マッサージ師(リオ・ペケーノ)で治療始めた。
・十二月十三日 コチア青年の森の最後の植樹(七〇〇本)そのあとコチア青年二〇〇五年の忘年会を一〇〇名の参加者で祝った。
・宮崎県受け入れブラジル農業研修生、国府ジョーナス修君と大番マリーナ恵さん出発。
・十二月二十日 ソロカバのるり子の家に空き巣泥棒が入って、コンピューター等盗まれた。
・十二月三十日 坐骨神経痛もほとんど痛みがとれた。
・十二月三十日 巳知治がサンパウロ市のリベルダーデに於いて強盗におそわれた。六日間意識不明で十一日間入院していた。交差点で信号が赤になったので、止まったら脇からバイクがバックミラーにぶっつかって来たので、巳知治が車から降りて注意しようとしたらいきなり殴り倒されて意識不明になり、すぐに病院にかつぎ込まれ、数時間後に家族に連絡が届いた。兄貴の私には二週間後に友人から連絡があり、びっくりして見舞いに行った。幸い病状は大分快復して家で休養していた。かたわになる心配はなかった。

 二〇〇六年(平成十八年) 戌年   慧七十一才、美佐子六十七才
・一月一日 年越しはサンロッケのみづえの家に前田家の皆さんが来てくれて、黒木家の皆とにぎやかに祝った。
・一月五日 野菜をバルバと歩合で植えていたが、いままでの十年間、ただひとつ利益の出たものはないので、今日かぎりで全部止めて今からINSSのアポゼンタドリア(年金)のみで生活していくことにした。つまり今日かぎり金を生む仕事は一切やらないことにしたのだ。へたにやれば損をするだけだからだ。体力的にはまだ何か金を稼ぐ仕事は出来ると思うけど、利益を上げれるほどの魅力的な仕事は今の所見つからない。ただニラの苗を増やして来たので、これを少しづつバルゼン・グランデのメルカードに出荷してみようと思っている。それと、こんにゃく芋を少し植えているけど、これもいつ金になるものやら。この様に自分個人の収入はほとんどなくなり、定年前に頑張って働いて貯めたお金が今を、又今からの老後の生活を支えてくれることになる。もちろん節約で暮らさねばならないと思うが、ありがたい事である。
・一月十一日 バルゼン・グランデ・コチア青年の支部長を私が一ヵ年やることになった。
・一月二十九日 美佐子は全国カラオケ指導協会よりカラオケ指導教授の資格を受ける。

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