【2023年新年特集号】《記者コラム》ルーラ第3期政権の4年を占う=ボルソナロ次第で保守群雄割拠か

選挙運動中のハダジ氏とルーラ氏(Foto: Ricardo Stuckert)

 1月1日から、通算3期目となるルーラ政権がはじまる。このところのブラジル国で向こう4年の大統領任期の政局を占うのは難しい。2015年にジウマ政権の2期目が始まったとき、翌年のジウマ大統領の罷免を予見できた人はほとんどいなかったはず。2019年にボルソナロ政権がはじまったときに同年11月のルーラ氏の釈放、翌20年の被選挙権の回復、22年の大統領当選を予想できた人はもっといなかっただろう。今回も思わぬドラマが待ち構えているかもしれないが、そこをあえて占ってみることにする。

福祉でボルソナロの思わぬ置き土産

 ルーラ政権といえば、最も有名な業績のひとつとして福祉政策「ボルサ・ファミリア」があげられる。この社会格差是正政策は低所得者層を喜ばせ、とりわけ北東部を労働者党(PT)の大票田にすることにもつながった。
 本来なら、この政策の充実を考えることが政策のひとつとなりえたはずだったが、思わぬ形で多くを考える必要がなくなった。それはボルソナロ政権が選挙対策のために、ボルサ・ファミリアを「アウシリオ・ブラジル」と名を変え、支給額の大幅増額を行っていたからだ。110レアルだった支給額は400レアル、大統領選が近づく頃には600レアルに上がった。
 国の経済状況を考えたら、5倍以上もの増額支給はPTでさえ考えつかないものだったかもしれない。だが、貧しい人たちに対していったん上げてしまった額を下げること、ましてやボルサ・ファミリアをはじめたルーラ氏が下げることは受給者への裏切りともとらえられかねない。
 こうした状況により、福祉対策は前政権の大きな尻拭い、600レアル支給を維持することが4年間の課題となった。増額が大きすぎたゆえにさらなる増額を考える必要はなくなった。だが、財政支出の上限との兼ね合いが難しく、それは早速、12月の政権移行憲法補正法案(PEC)での一苦労ぶりにも表れていた。

財相成功で「ハダジ大統領」への下地作りを

 GDPの低成長、高インフレ、燃料代の高騰などがあった後だけに、ルーラ政権には経済立て直しが課題にあげられている。そのタイミングで経済相にフェルナンド・ハダジ氏が選ばれたことは財界に対して物議も醸した。
 ルーラ氏側は「ハダジ氏は経済学で博士号を取っている」と主張する。だが、そういったところでハダジ氏の印象といえば「ルーラ、ジウマ政権時代の教育相」で、経済ではない。サンパウロ市市長時代(2013〜16年)にしても、それほど経済面で辣腕を振るった印象もない。
 この起用に関しては2つのことが考えられる。ひとつは、「経済政策が財界の意見に振り回されすぎないようにすること」。とりわけ、支出の上限を守り切り詰めた政策を良しとしがちな財界では、PTが本来資金を回したい社会保障や保健、環境、教育、文化などの支出が影響を蒙ることになる。
 とりわけボルソナロ政権ではそうした費用が極端に切り詰められていた。そうした前政権との路線と一線を画したい意向なのは理解出来る。
 ただ、それ以上にルーラ氏の本音として奥底にあるのは、ルーラ氏のハダジ氏に対しての親心ではないだろうか。
 ハダジ氏といえば、2012年にはルーラ氏の鶴の一声でサンパウロ市市長候補に指名され当選。18年にはラヴァ・ジャット作戦で有罪判決が下され、服役で出馬できなくなった大統領選の代理を託したほどの人物。今回の選挙でも敗れはしたもののサンパウロ州知事候補だった。
 ルーラ氏はすでに「大統領任期は今期のみで、2026年には出馬しない」との旨を公言している。その頃には80歳を超えていることから考えても、その発言が建前とも考え難い。そうなると後継者が必要となるわけだが、この経緯を考えても、その有力候補がハダジ氏なのは、多くの人の目に明らかだ。
 ただ、ハダジ氏を自身の後継者として有権者を説得するためには、それに値するだけの実績が欲しい。そのために何ができるか。そう考えたときに「新ルーラ政権における経済政策の成功」。これを武器にしたいのではないのではないだろうか。
 これまでの実績だけで、向こう4年間何もしないで26年の大統領選で簡単に当選できるほど世の中は甘くない。ルーラ政権の中だけでも、たとえばシモーネ・テベテ氏は今回の大統領選で3位となって国民への知名度、好感度をかなり高めている。現在の勢いだけならハダジ氏を上回ることも考えられる。
 そうした状況の中、「やはりハダジ氏でないと」という状況に持っていくためには、この財相としての成功が大きな鍵を握っているのではないだろうか。

ボルソナロの再挑戦は2024年の米国選挙次第

ボルソナロ氏(Foto: Isac Nóbrega/PR)

 その一方でジャイール・ボルソナロ氏は野党側としてどうするか。そこにも注目が集まると思う。だが、彼が「野党をまとめられるかどうか」となると、甚だ疑問符しかつかない。
 同氏の場合、左派批判のやり方は基本、「泥棒」「奴らは金を盗む」「犯罪者」といったものだ。ラヴァ・ジャット作戦の頃までならそれも効いたものの、同作戦が終わり、貶し文句も常套化してしまった先に、理論的な批判が不足している。
 そこに加え、大統領選の後に顕著となったが、熱狂的な支持者がカルト宗教の信者のようになってしまい、宗教じみた言動や軍隊による暴力を煽る発言ばかりを繰り返すようになってしまった。あれでは、ボルソナロ氏のコアな層が孤立化していくだけで、保守派のとりまとめにはなりにくい。
 奇しくもそれは、2020年にドナルド・トランプ氏が敗れた後の米国によく似ている。大統領選後にやたらと陰謀論を拡散したあげく、21年1月6日の連邦議事堂への襲撃。あれでトランプ氏が共和党支持者の支持を受けたかといえばそうではない。
 22年の中間選挙では、バイデン大統領の支持率の不調という絶好のチャンスであったにもかかわらず、共和党は下院でこそ過半数を獲得したものの大きなものにはならず、さらに上院で過半数割れ。トランプ氏の推した候補に関しては惨敗という結果となった。
 波が来ないままトランプ氏は2024年の大統領選に臨むことになるわけだが、ここで共和党候補選びでフロリダ州知事のロン・デサンティス氏に敗れるようだと、ボルソナロ氏の2026年もかなり苦しくなる。「ネット上での非民主主義的な過激な言動路線」が完全に通用しなくなることを意味してしまうからだ。
 もっとも、ここでトランプ氏が共和党候補になり、大統領選でも当選となれば、ボルソナロ氏の復活の可能性も高まるのだが。

保守派の群雄割拠もはじまるか

タルシジオサンパウロ州知事(GOVSP)

 だが、24年の米国大統領選を待たずとも、保守派新勢力の台頭は起こりそうな気がしている。22年の大統領選でボルソナロ氏は予想された以上に票を獲得したものの、落選後の抗議運動が投票した人全体に行き渡らなかったように、「ほかに入れたい人がいないから現状維持で良い」と消極的に投票した人もかなり多かったと思われる。
 そうした状況に加えて、野党に回ればこれまでのようにはボルソナロ氏の話題をメディアや世間がしなくなる。そうなれば自然に、よほどの熱狂的支持者でもない限り同氏への関心が薄れることが予想される。他の候補者にとっては、このタイミングこそがアピールするチャンスとなりうる。
 その候補ならいる。大統領選が終わった直後から、サンパウロ州知事となったタルシジオ・デ・フレイタス氏(共和者・RP)やロメウ・ゼマ・ミナス・ジェライス州知事(ノーヴォ)の名前が「次の大統領選の有力候補」としてあげられていた。社会民主党(PSDB)の復権をかけたエドゥアルド・レイテ南大河州知事もそこに入るだろう。
 彼らの強みは、仮にルーラ氏が経済面などで失敗したときに、彼に票を投じた人を取り込む力があることだ。ボルソナロ氏のように、これまでの失政や過激な言動があると躊躇したくなりがちになりがちだが、それを心配する必要がない。
 こうした流れが起きれば、ブラジル国政界が長く陥っている単調な政治図式から解放されると思うのだが。(陽)

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