連載小説=おてもやんからブエノスアイレスのマリア様=相川知子=第16回

16. 邦字新聞で読んだ泥棒話1 借金

 これは邦字新聞で読んだ話だけれどもね。邦字新聞の記者さんの体験談だった。
 ある日、「日本人の泥棒だ!」と警察に通報があった。言葉が不自由だと困るからと、その記者は警察官に頼まれていっしょに行ってみた。ニュースにもなるしね。行ってみたら日本人が二人、テーブルの向こうとこっちでにらみ合っている。お金の貸し借りをしていたんだ。それで返済の話をしていた。
 話を聞けば、お金を貸していた人物が御茶を用意しようと席を立ったすきに、借金をしていた人が、その家のたんすの引き出しからお金を抜き出して、自分が持ってきたお金であるかのようにテーブルに置いたという。
 家主が戻ってきたとき、「耳揃えて返します」とそのお金を前にして頭を下げたもんだから、最初は、それはよかったと家主はお札を数え始めた。が、お札をまとめていたゴムの様子に見覚えがある。ふと思って、自分の引き出しをあけたら金がない!
「さてはお前盗んだな!」という由であった。それで警察を呼んだ。
 しかし、警官にすれば、盗んだ金はもう返したんだろうという訳だ。「いや、それは俺が貸した金を返すために盗んだんだ」とその家の人は言う。警官は「盗むまでして、金を返そうなんて立派だ。さすが日本人だ。美徳だね」と感心する以外のことはしない。
 「いや、こいつはまだ俺に最初の金を返していない、大泥棒だ!」という訴えも、アルゼンチン人の警官にすれば「え、盗ったってほらすぐ返したではないですか」となる。借金なんて、それは個人同士のお金のやりとりであって、警察の関与すべきところではない。日本人同士で話し合ってくださいね、だ。
 警官は「いやーしかし、日本人の泥棒なんておかしい話だと思ったよ。やっぱり日本人だね、借金を返済するために盗むなんてね」とたいそう感心して去っていったそうだ。
 残された記者にも、日本人二人にも腑に落ちなかったが、おっしゃるとおり、アルゼンチン人の論理にも筋が通っている。
 「泥棒をしかけていたにもかかわらず、日本人は立派だという評価になってしまったという不思議な話です」というのが、このとき警官についていって「泥棒」話を書いた日本人記者さんの弁であった。泥棒話のような、またそうじゃないような話は続く。

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