《特別寄稿》強烈な痛み!恐怖の心筋梗塞体験=賑やかすぎる医療現場に一言=サンパウロ市 毛利律子

救急医療処置室(参考写真、via Wikimedia Commons)

 去る3月10日、白昼、私は心筋梗塞(Enfarte agudo do miocárdio)の恐怖を体験しました。
 それは突然、何の前触れなしに起こりました。胸を抱え前のめりになって、その場にうつ伏せるほどの強烈な痛みに襲われたのです。その痛さは到底表現できるものではありません。
 いつもならちょっと様子をみようかなと思いますが、それは心臓が「我慢すると死ぬぞ!」と強烈な警告を発しているかのような痛みでした。
 とりあえず前かがみに胸全体を抑えて痛みをこらえながら、近所の知人を呼びました。待ってる間の数十分、今までに経験したことのない冷や汗が体から止めどなく吹き出て、全身が水をかぶったようにびしょ濡れになるほどでした。
 飛んできてくれた知人は私のその姿を見て、その場で泣きました。彼女は即座に恐怖に反応したのでしょう。私は彼女の涙を見て、「これで死ぬのかな…」と思ったほどでした。

救急治療から心臓専門病院へ

 加入している保険の都合で、まずタトゥアペーの救急センターに向かいました。
 途中、のどの渇きが我慢できず、薬局に立ち寄り5分ほど待ちましたが、その時感じたわずか5分の長さは忘れられません。そして水を飲もうとしましたが、一滴も飲み込むことはできず、唇を濡らす程度でした。
 激痛を抱えたまま病院に着き、舌の裏にニトログリセリンの粒を置いたり、数本の注射を受け、心電図検査などの救急処置が始まりました。
 その最中に、仰向けに寝ている私の口から嘔吐物が猛烈な勢いで天井に向かって飛び出しました。
 私を囲んでいた数人の医師や看護師に汚物が飛び散り、汚れたにも関わらず、「まるでオカルト映画だー」と冗談を言い合って笑うではないですか。日本の厳しい医療施設では考えられない光景です。
 救急医療処置室(UTI、日本ではICU)でスタッフのワイワイおしゃべりの中、おもむろに「痛みの10レベルで言うと、今はどのくらい?」と聞かれたりするわけです。「そんなことどうでもいいから、早くどうにかしてよ!」と、彼らのゆっくりモードに腹も立ちましたが、ブラジル人医療者の印象的な場面でした。
 心疾患での初期治療は、エコー超音波検査で直接筋肉の動きを見る。レントゲン検査で血管から水分が染み出て肺が白くなっていないかどうか、血液検査で酸素トロポニン濃度が上昇していないかを検査する。
 心臓が動いていて、CT検査が行い難い場合は造影剤を入れて心臓だけを写すといった治療もあるようです。カテーテル処置は100%の成功率ということで、運が良ければ、カテーテル処置を受けることができるということになります。
 さて、結局タタトゥアペーの救急病院では処置ができないということになり、モエマの心臓専門病院に転送されることになりました。心臓病は一刻を争う病ですから、痛みと不安を抱えて救急車に乗り込みました。
 日本の救急車にはパラメディカル・スタッフ(医師の手伝いをする看護師)が救急処置をするための医療器具が備わっていますが、私が乗った車の内部は空洞で、ベッドがあるだけです。
 そのベッドに頭と腰あたりを太いベルトで縛り付けられて、救急車は猛スピードで走ります。男性スタッフが一人、補助席でベルトをしっかり締めて振り落とされないように緊張して座っていました。
 とりあえず無事病院に到着。手術の順番を待つ部屋に運ばれました。駆け付けた知人たちはいろいろと手続きに奔走してくれましたが、海外生活では「近くの他人」がどれほど貴重な存在であるか、そのことを痛感しました。
 親切そうなベテラン医師が来て、「多分、カテーテル処置をしてステントを入れることになるだろう。大丈夫。私はここの責任者で、私が処置をするから安心してね」と、温かい表情で診断してくださいましたが、実際に処置を担当した医師は別の方でした。
 手術の待機室には6人が順番を待っていました。ここでもスタッフのにぎやかなおしゃべりは止まりません。夕食!も出ました。
 心臓処置は6時間以内と言われていますから、すでにその時間は過ぎているのに、私は何番目なんだろうか、大丈夫だろうか、と不安は募るばかりです。

生まれて初めて自分の心臓を見た

左冠動脈主幹部とその枝の循環を示す冠動脈造影図(参考写真、Bleiglass at the English Wikipedia, via Wikimedia Commons)

 さて、手術室のなかでの体験をお話ししましょう。まず、看護師がブクブク泡立つ消毒剤で洗ってくれます。私の場合は、右手首の血管から局所麻酔が挿入されましたが、頭は異様なほど冴え冴えとしていますので、ここでもまた、医師や看護師とのおしゃべりに花が咲きます。
 担当医の若くハンサムな心臓外科医は日本贔屓で、処置をしながら楽しいおしゃべりをたくさんしてくれました。
 「あなたは高血圧無し。糖尿病無し。病気がない。ストレスだけだ、ヨシ、私がそのストレスを取ってあげる!」とは、なんて頼もしいこと。
 そしてモニターを見ながらカテーテルがスッと入りステントを入れ、ふたたび冠動脈に血が流れた時、ドヤ顔の医師は「ウォー成功だあ!。ハグしてあげたいけれど、今はできないからごめんね」と宣う。
 「センセイ、そのお言葉は日本ではセクハラになるんですケド…」と冗談を交わすほど、再生した我が心臓が無事生還し、感謝感激思わず涙が流れ、心から安堵しました。ここまでのリレーがこんなにうまく運ばなかったら、私はこの世界には戻れませんでした。
 看護師たちも緊張が解けたのか、ますますおしゃべりがエスカレートします。日本の張りつめた手術室の雰囲気と比べると、ブラジルの医療者の陽気さは、大いに患者の気持ちを和らげる効果があるかもしれないと痛感したのでした。
 一つだけ苦言を。一晩、治療観察のために救命室に泊まりましたが、そこでもおしゃべりは止まりません。それもかなり大きな声での笑い声や会話は言語道断でした。
 対応も悪く、プロフェッショナル看護師の資質を問われるものでした。そういうことはその時のことだけかもしれないし、他の病院と比較することもできませんが、改善しなければならない要素の一つであることは言うまでもありません。救命の瀬戸際に居る患者が、寝ることが出来ないほどの騒音ですから…。
 さて、今日の最先端医療のお陰で術後の結果が映像で見ることができるのはとても感銘します。胸のわずか左寄りの中央部分にその人の握りこぶし大の心臓がある。
 その心臓を取り巻き、冠をかぶったように冠動脈が右に一本、左に2本走っている。今、血液が流れず白っぽい心臓にカテーテルが施され、ステントが入ると一気に動脈が赤く染まり、ドッキン、ドッキンと脈打つ。
 それを直に自分の目で確認できるというのは、言葉にならない深い感動でした。心から最先端医療の恩恵に深く感謝した忘れられない一瞬となりました。
 あれから丸4カ月が過ぎましたが、お陰様で順調に回復しています。

保険制度、病院施設の違い

 私の場合、堪えられないほどの激痛に突然襲われましたが、思い出せばいくつかの予兆がありました。さかのぼればだいぶ前から異変を感じ、数カ月前からは頻繁に次のような症状が起こりはじめました。不整脈、脚のこむら返りや手の指が反り返る、左顎、左肩の痛み、などです。あの時に診察を受けていれば、という後悔は消えていません。
 詳しい説明は省きますが、日本では一部の条件を除いてほぼ国民全員が地域の医療施設で診療を受けられる仕組みが整っています。私の場合はかかった医療費の2~3割を支払えば、日本国中どこでも診察を受けることができます。高額医療は一定額の払い戻しがあります。
 また、大学病院、市立病院、専門病院など、一カ所で血液検査から手術まで受けることができ、患者にとっては有利な保険制度です。
 それと比較して、ブラジルでは保険会社を各人の支払い能力に応じて、プランを選択して加入します。私は、おおむね健康であれば、加入は必要ないか、と考え解約することを度々考えることもありました。
 その大きな理由が、あまりに煩雑な診療体制にあると感じたからです。高額な保険に加入していれば一カ所の大病院ですべてのことが解決するところもあるかもしれません。
 しかし、私が加入しているところは、予約を取るまでがたいへん。予約できても、クリニックが点在しているために一カ所で完了しないという面倒な状況があります。
 そういう事情から何度か解約を考え、実際、解約手続き寸前にいたわけですが、トンデモナイ!
 もし、保険無しで心臓手術などしていたらどれほど莫大なお金を請求されたことかを、想像するだけでも恐ろしいことです。
 高齢者の海外生活では、他のことを切りつめても、医療保険にだけは入るべし、と考え直しました。

侮るなかれ、心筋梗塞…

カテーテルの分解部品。カテーテルとは、医療用に用いられる柔らかい管のこと。胸腔や腹腔などの体腔、消化管や尿管などの管腔部または血管などに挿入し、体液の排出、薬液や造影剤などの注入点滴に用いる。(The original uploader was Rafti Institute at English Wikipedia., Attribution, via Wikimedia Commons)

 急性心筋梗塞とは突然死が起きる病気(発症後6時間以内に治療を開始できたら9割が助かる。明らかに時間が問題の病気であること)。死に至るほど重篤な症状でありながら、その病気であることを知らなかったという例が少なくありません。
 突然死といわれる所以は、病院にたどり着けずに亡くなることで、搬送前に亡くなるのは35%、院内での死亡が5%と言われているから。
 助からない合併症としては、
(1)心室細動をはじめとした不整脈
(2)やられた筋肉が動かなくなる心不全
(3)心臓破裂は、もっとも怖い合併症で頓死する。医師は目の前に居ても助けることができない。
 心筋梗塞は、一度発症してしまうと自分だけでなく、家族にも大きな影響を与えることになる。
 運動中に限らず、安静時や睡眠中でも突然死は起こるということ。また、突然死は高齢者に多いものの、若い人にも起こり、しかも即死の確率も高いのです。
 一度急性心筋梗塞を発症してしまうと、心臓にかなり重いダメージが残るということ。
 日本人は癌、心臓疾患、脳卒中、肺炎で6割が亡くなり、一日に200人が心筋梗塞で死亡するという統計があります。
 ネット社会の今では、ユーチューブなどの医療市民講座などで、専門医の非常に詳しい解説を見ることができます。それらの解説を見聞きして、自分なりの予防に気を付けることはとても有意義だと思います。
 私もこれまで多くの病気を経験しましたが、まさか心臓病予防については考えたことすらなく、どれほど心臓に負担をかけた生活をしているかを反省することもありませんでした。自分の健康をうぬぼれていたということです。

「病によりて道心興るべき候」

 人間は誰もが病気になって、いつか必ず死にます。
 「病によりて道心興るべき候」という言葉があります。それは、「病気はたくさんのことを教えている。病気になってはじめて気づくことがある」。
 つまり、健康な時には分からなかったことに気づきなさい。自分の生き方を見直し、改めて人生の一本道をどのように歩いていったらよいかを考えなさい。病気が何を自分に教えようとしているか。自分の生き方を反省するために、病気になることは、時に必要なことなのだ。
 だから病気を隠したり、悲観したりすることはない。身体の声に耳を澄まして、生かされたことへの畏怖と感謝の念を忘れず、前向きに強く新たな道を開きなさい、ということのようです。
 今回は死に直面するような経験でしたが、お陰様で生還することができ、落ち着いて物事を考えることができて、改めてこの言葉の深い意味を噛み締めています。
 そしていろいろと晩年に向けての「志」を立てている、ときれいごとで締めたいところですが、司馬遼太郎さんは「志は塩のように溶けやすい」と明言されました。私は元来、軽率・軽薄な性格ですから、今回の経験を忘れないためにも、皆さんにお知らせしたところです。
 もうひとつ、サンパウロでは意外に、「隣人は心筋梗塞体験者」という人が多く、処方してくれる医師も世界的名医が勢ぞろいのようです。
 私もあっという間に心臓という重要器官を生き返らせてもらいました。いい国で心筋梗塞になったものだとありがたく思っています。そして「同病者同士は相憐れみつつ」情報交換の花を咲かせています。医療の進んだ良い時代に生まれ合わせて良かったね、気持ちよく生きていきましょうね。と励ましあっているところです。

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